キビシー<<<<<<タノシー


2月
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時代錯誤甚だしい!
子供の共感を得られないから、圧倒的に勝るパワーと立場で抑え込む。
自分が全て正しいかのごとく振る舞うあまり、子供の成長や失敗から自分が成長しようとしない。

ここで「そうだよね〜」っていうタレントさんが、ワイドショーで体罰問題に斬りこむ。
説得力なし!そりゃ、テレビの時代は終わったと言われますわ!
絶対にこんな番組見ない!

「苦しさを乗り越えた先に」より「楽しさの追求の為の苦しさ」

日本には仏法が根付いている為かは分かりかねますが、何をするにも「苦しい修行」。
苦しさの先に、ほんの一時の喜びと僕自身も説かれたことがあります。
「そうなのかぁ」
と深く考えずにいた時期もありましたが果たしてそうでしょうか?

何事にも楽しさから入り、楽しさを追求するために苦しい練習にも耐えられるのが本来の形だと思います。
技術はあっても、ぶつかり合いのところで勝てないから厳しい筋トレにも耐えられる。
瞬間的なスピードはあっても、一試合を通して維持できまないからランニングを頑張れる。

全てはサッカーが「好きだから」何より「楽しいから」こそ、今より高い次元でより楽しむために苦しさに耐えるのが当たり前であるべきです。
結局は同じことのようで、順序が違う。楽しさが先に来ることこそが大事だと確信しています。

部活をやめたら燃え尽きる

好きなはずのサッカーを苦しいと感じながら取り組むから、部活から解放されるとかなりの数の人が競技から離れる。
「引退」という違和感のある言葉を使って。
そもそも引退するにはデビューが必要であって、部活生はいつの間にデビューしていたのでしょうか?
個人的には引退をできるのは、公式にデビューしたプロにのみに適応する言葉であって部活生に当てはまるものではないと考えています。

話を戻すと、この「引退」したアマチュアたちが日本にサッカーが本当の意味で根付かない一因でもあると思います。
サッカーが本当に好きであれば部活が終わった程度では辞めようとは思わない、身体的な理由がない限り自分の人生からサッカーを奪えるわけがありません。

上の次元に進むにつれて、サッカーがタノシーものからキビシーものへ変わりゆく現状。これを、上に進むにつれてさらに質の高い楽しいサッカーをプレーできる環境に変えるだけで日本のサッカーは更に前に進むのはずです。

憧れのあの人のプレーはキビシー顔をしてますか?

僕より前の世代の人たちなら、マラドーナやヨハンクライフ。
僕の世代なら、ロナウドやロナウジーニョやジダン。
そして、今はメッシやネイマール。

憧れは人それぞれで、誰に憧れていてもいいと思います。
サッカー好き同士が集まり「あいつこそNo1だ」と語り合うのもまた一興。

そこで思い浮かぶ選手たちはキビシー顔をしていますか?
ピッチでタノシーを全力で表現してくれていませんでしょうか?

そして、サッカーをクルシーだのキビシーだのと考えていて、ここにたどり着けると思いますか?

SAMURAI(サムライ)?やめてまえ!

サムライって確かにかっこいいですよね!かっちょいい甲冑に身を包み勇ましく戦う姿や何より渋い刀!

ですが、上の意見を絶対として逆らわず自分の意思を持たずに従うだけの部分を持って、現代のサッカー選手をサムライに置き換えようというのならサムライなんて捨ててまえ!サムライブルーなんて我がで名乗るな、彼らは日本代表や!
世界が日本代表を恐れてサムライと呼ぶなら、喜んでサムライを引き受けよう。

人の情熱の一番の根源は「楽しい」

成長する上で一番必要な感情は「楽しい」。
これは誰でもない僕自身が体験した、世界中の誰に否定されようとも曲げられない事実。

フリースタイルフットボールにはまり、本気でこの世界で生きていけないかと考えながら練習していた時は何よりも楽しく質の高い練習に日々励むことができました。サッカーに励んでいた時の意識と質の高さとは、はるかに違う次元のものでした。

自分でもわかるほど、日々目に見えてスキルは上がり楽しさも倍々ゲームのように増えていきました。同時に日が経つにつれ、サッカーを今の次元で取り組めたらと後悔もしました。
自分の体験を持ってしても人は心から「楽しい」と感じた時にこそ、大きく成長するんだと言い切ることができます。

指導者と呼ばれる人たちは、その名の通り必死になって子供に指導をしようとしますが、子供は楽しければ勝手に成長します。指導者は子供達がサッカーを上達することを楽しいと思ってくれる環境を作ることに必死になればそれでいいのではないでしょうか?

大人のごときの分際で子供様に意見するなどおこがましい

そもそも、世界に名を轟かせたわけでもあるまいし大人ごときが、これから未来を切り開こうとする子供様に向かって意見を押し付けようとすることがおこがましい。彼らは今まさに、自分で選択し成功と失敗を繰り返して成長している最中です。年の功で多くの選択肢を持つ大人たちは、その選択肢をいくつか提示してあげるだけで、その選択肢からまた子供達は思うがまま選択して成功と失敗を繰り返していくのです。

頂点からの上意下達で一方通行的に意思が決定される組織なんて絶対に世代は超えられず、世代の終焉とともに廃れていきます。それは、サッカーとて同じこと。
ブームとして注目されている今こそ、文化として根付かせるために危機感を持って業界全体の体質改善を図るべきです。

僕は吹田フェノメーノの選手達の三人称を「子供達」とは呼びません。
これは監督とも共有している事項です。
決して舐めてかかりません。練習ではともにプレーする中でボディコンタクトの部分以外で一切手を抜きません。
選手達以上に巧くなって引き離してやろうと考えていますし、30を迎えた僕くらい早々に超えて貰わないとなんて矛盾したことも本気で考えています。

1年目で至らぬところだらけの代表兼コーチであるとは思いますが、少なくとも誰よりも選手達がサッカーを「楽しい」と思ってプレーしてくれることを望んでいるチームであると自負しています。
日本全国のチームさんが、僕と同じ自負を持つようになれば今よりもっと強くなるんじゃないでしょうか?

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